先日発表された『iPad』の関連記事を読み漁り、Keynoteを繰り返し眺めては、手元にある状況を妄想しています。
新しもの好きではありますが、Appleの新製品をリアルタイムで購入した経験は少ないワタクシ。
周りにAppleユーザー(ウィンドウズユーザーも)が皆無である為、購入への準備段階たる「待ち遠しいね!早く欲しいね!」的会話ができず、また情報も入ってこない為、いまひとつ盛り上がれずに購買意欲が低下していくのが常でした。
結局Magic Mouseも、買う買う詐欺のごとく手に入れてませんし^^;
でも今回は違いました。
正直まだ全く私的な使い道が見えてこない正体不明度MaxなiPadですけれど。
それでも、というか、それでいて非常に魅力的。何だこのワクワク感。
日本発売時にはiBooksは使えないだとか、Flashやっぱり非対応で老朽化激しいiBookくんの代わりは勤まりそうにないだとか、噂の段階で、こう使おうと思っていた妄想は儚くなってしまいました。
それでも欲しい。
明けても暮れてもiPadの記事を読んでいます。
Appleの最先端テクノロジーがつまった革新的デバイスなるものを使いこなせるかどうかなんて、触ってもいない今は二の次です。
丁度物色中だったとはいえ、フォトフレームと見なすには高価すぎる。
持ち出せる情報端末ならiPhoneがあります。
ちょっと音楽が聞きたい時もiPhoneで十分。
パソコンを立ち上げるのが面倒な片手間ブラウジングなら、iBookや、iPhoneで事足りています。
そしてブックリーダーとしても実はNO。kindle ですら購入の段階になり、その大きさ故に唐突に興味が失せました。日本未発売の頃からどうやって入手するか考えてたりしたのに、です。
そんな私の手元でiPadがすごく活躍するシーンは無いと思います。
判っています。
また持ち腐れになるのでしょう。
けれど今回の購入意志は鉄の如し。
気合十分。
イベント直後は、期待膨らませすぎてがっかりもしました。落胆と似たような否定的意見に頷き、足りない機能が、今欲しい部分であるからこそ、本当に必要か否かと自問しました。
でも、そういう話ではなかったようです。
iPhoneで知った、あらゆる情報へ手軽にアクセスできる驚きの感覚を、もう一度、今度はiPadという新しい形で味わう喜びとして、自分自身へプレゼントしてあげたい。
ゆっくり考えてみましたが、欲しい、その根底は、これに尽きる気がします。
縛り契約の関係から、待って待ってやっと手に入ったiPhoneの操作感は本当に衝撃的で、待ちの長さの分だけ、持てた嬉しさはとても大きかった。今も一番最初に触れた時の「すごい!」を忘れられません。
あのドキドキ感がまた待っている(かもしれない)と思うと、3月末がとてつもなく遠いです。
来年のノートブックカレンダーは…
2 日前
2 コメント:
手にすれば使い道が自ずと見えてくるような気がしてます.
私の周りにも一人もいないんですよね.>購入予定者
>手にすれば使い道が自ずと見えてくるような気がしてます.
発見が沢山あったiPhoneは、購入前の想定から、位置付けさえ変わりました。
iPadでも、そういう自己主張?みたいな存在感に期待している反面「何に使おうか?」を悩む楽しみも捨て難しです。本当に早く触ってみたいです。
お互い孤軍奮闘なのでしょうか。
新商品を語らえる相手がいないと寂しいですね^^;
コメントありがとうございました。
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